自分のことをデキる人間だと思うならヒロユキに踊らされるな
ネットでは、ヒロユキとかなんちゃらインフルエンサーが「優秀な人ほど海外に出ていく」なんてことを言っているが、別に優秀じゃなくても、チャンスがあれば誰でも海外に出て行ける。でも私は海外へ移住することをすすめない。どうしても海外で夢を叶えたいと願うなら、日本に生活の拠点を構えてそこから世界中に飛び出せばいい。
今ならネットがあるのでどこへでも行ける。ネットは場所を限定しないので、一つの国に限定して移住する理由もない。必要なのはネットがつながる環境だけである。こんなにも自由な時代になったのだから利用しない手はない。
海外へ移住して、自分の夢を追いかけることはもちろん素晴らしい。しかし、失うものもあまりにも大きい。私にとって、その一つが「時間」だった。日本にいる家族や友人と過ごしていたはずの時間は、どんなにもがいても取り戻せない。外国で暮らしていると無意識のうちに戦闘モードに入るので、日本のことなんて忘れてしまう。気がつけば10年なんてあっという間だ。
そしてもうひとつ失ったものに「季節」がある。妻の故郷である九州に5年ほど暮らしたが、その自然と季節感は本当に素晴らしかった。日本の季節の移り変わりは、その土地に暮らす人々の心を豊かにしてくれている。
そんな「季節」は、日本に帰りさえすればまた取り戻せるはずだった。日本のどこかにゼロ円物件でも見つけて、少しずつでも修理しながら日本とアメリカを行き来しようと計画していたのだが、気がついたら周りの状況が大きく変わっていた。
どうやら日本に永住帰国するとかなり困ったことになる。ふつうに日本で生活する分には問題はないが、私と妻が歳をとって死んでしまうとアメリカにいる子どもたちに多大な迷惑をかけてしまう。
死後のもろもろの手続きを処理するくらいはどうにかやってくれるだろう。問題はアメリカにある「家」である。日本の法律では、海外にある資産も日本の相続税の対象になっている。日本の相続税のことはある程度知っていたが、まさか日本国外に保有する資産にまで及ぶとは想像もしていなかった。
それを避けるためには家を売って日本に帰ればいいだけのことではあるが、それはそれでまた訳の分からない税金が発生する。どうもアメリカは永住者が自分の国へ帰国することを阻んでいて、日本は日本で海外在住者が日本に戻ってくることを拒んでいるように見える。
私が小学生のころ、親友の叔父さんがブラジルから一時帰国していて、泣きながら豆腐を食べていたと聞いて驚いた。たかが豆腐くらいで大人が泣くのは可笑しいと思った。でも今ならよく分かる。外国に移住するってことは、そういうことなんだとあらためて思う。
アメリカン・ドリームはどこへ行った
ロスアンゼルスダウンタウンに正直屋という古本屋さんがあって、そこで「淋しいアメリカ人」という本を買って読んだことがある。ひとことで言えば、醜いアメリカ社会を克明に描写したルポで、まだアメリカ社会のことを理解していなかった私にとって衝撃的な内容だった。
ちょうどその頃、アメリカは決してきらびやかで夢あふれる国ではないと薄々気づき始めていて、この本のおかげでアメリカのすべてに迎合してはいけないと強く思ったことを覚えている。
アメリカは力強い国で常に変化している。それが良い方向に向かっているかと言えばそうでもなくて、むしろ複雑化して収拾がつかないまま対立が深くなってきている。この先はまったく読めない。
物価がものすごい勢いで上っている。食料品はもとより、医療費、車、光熱費がずっと高騰したままで、特に住居費がひどい。私が前に住んでいた1ベッドルームのアパートは600ドルだったが、今は2,000ドル(30万円)である。
アメリカン・ドリームってホントにあるのだろうか。昔はあったのかもしれないが、今はもう幻想としか思えない時代になってしまった。サバイバルゲームならすでに始まっている。
浜田省吾は渡米の際に日本からカセットテープでもってきた。今でも時々聴いている。この曲を実際にアメリカで聴くとなぜか切ない。ニューヨークでダンサーになることを夢見た彼女と東京から逃げ出した彼は、サンフランシスコに行って夢をかなえることができたのだろうか、なんて考え込んだりする。どちらかと言えば、日本に戻ってさっさと結婚して「ヒッチハイク楽しかったねー」とか話しながら、平凡に暮らしているといいなと想像している。
壊れていく日本
もし日本が発展途上国のようにインフラが整備されていなかったり、民主主義が浸透していない国だったら、なんの迷いもなく、このままアメリカに永住して自分の国を捨てるだろう。
アメリカの永住権を取得したほとんどの移民は、滞在5年とその他の条件をクリアしたらすぐにアメリカ市民権を取るらしい。そんな中、日本人だけは永住権で住み続ける傾向が高いそうだ。私もその一人だが、結局そんな簡単に日本人であることを捨てることができないのである。
外国に住んでいる日本人で日本のことを悪く言う人はあまりいない。フランスに移住しているヒロユキは「日本って食い物がうまくて、どこに行っても安全だよね」って頻繁に日本に帰っているわけで、やっぱり日本が好きなんだなと妙に納得している。
日本に帰るたびに、日本の政治家って日本と日本人が嫌いなんだと確信している。国は高齢化社会と人口減少に対処するためと外国から積極的に移民を受け入れる政策に舵をきった。移民政策で失敗しているアメリカとヨーロッパを見ていながら、なぜそうなるのかよく分からない。日本人以外の移民って「郷に入っては郷に従え」なんて思想はないんだよ。
日本は間違いなく政治に壊されている。